上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2010年1月24日のお昼すぎ、
胸についた巨大なパッドを取ってシャワーを浴びることにした。

日曜日の朝だったから旦那がいたけど
いきなり見せるのは気が引けたから、
一人でベッドルームにこもり、おそるおそるパッドを外してみた。

そこには術前よりもやや腫れて大きくなった乳があり、
乳首上部に5センチの横長に伸びた傷。

傷の上にはセロハンテープみたいなものが縦に5本くらい
貼ってあり傷口が止めてあった。
説明書によるとテープは14日間後に取っていいとのこと。

私はこのテープで傷口を止める方法が大変気に入った。

テープでぴっちり止めてあるだけに傷は血の滲みもなく
なんだかぴっちりとくっついていたから

もしこれから乳がん手術をする人がいたら
surgical tape?呼び名はわからないけど
このセロテープみたいなものを使ってもらえると
糸で縫合するよりも跡が残らなくていいと思う。

10年前におなかを切ったときはホッチキスみたいなのを
使ったけど、その時の傷跡と比べるとかなり違いがある。
今回はテープを剥がすのも自分で出来るし、余計な穴も残らないから
1ヶ月以上たった今の傷跡は良好。

驚いたのは、乳の形が変わっていなかったこと。
旦那が外科医Iから聞いた話によると
外科医Iは「筋肉」まで削ったらしい。

まさか、何か別の肉をいれておいたとか?
胸はもともと小さかったし、がんが出来た場所も
乳首2センチ上で筋肉しかなかったし

あれだけ乳の形が変わると散々脅されていたから
まさかの結果で嬉しいけど困惑…

こんなちょっと切っただけで大丈夫?
まだ心配ばかりしていた。

それから一週間後、外科医Iと会ったときに
聞いた話では私のがんは胸筋5ミリ近くまで到達してて、
切る予定ではなかった胸筋も切っておいてよかった…

「なにか別のお肉を詰めたんですか?」と聞きたかったけど
ジョークにならないとまずいので止めておいた。

腫れが引いてから気がついたけど、乳の内側の脂肪が
少し減っているような感じがしたから
きっとここから脂肪を移動したのかも。

がんが皮膚のすぐ下だったから
皮膚も切り取ってあるのに
5センチの傷跡以外は術前の乳と変わってない。

噂どおりの外科医Iのマジックに感謝した。

そして乳がんナースAにも心から感謝した。
もし私の手術日を早めてもらえなかったら
私のがんは胸筋まで到達していたかもしれないし。

乳がんナース、あなたがいてくれてよかった




日本の乳がんブログで読んだような手厚い看護はなく
術後は無論、消毒とかパッド交換とかもなしで、

日帰り手術の後、私の傷はたった一度
外科医Iが手術の出来を“眺めた”だけで終わった 

日本の「至れり、つくせり医療」が少々うらやましかったりもするけど
一応、問題なく回復はしていった。

外科医Iに術後、傷を眺められた日に
私達は病理結果も聞いた。
スポンサーサイト
2010.03.06 手術当日2
麻酔が差し込まれて意識を即効で失った私が
次に気がついた時はまた同じ部屋。

今度は入り口に近い場所にいた。
手術室に行ったことさえ知らないまま終わってしまった。

胸は??

---胸を見ると大きなパットがくっついていた。

ドレーンは??

---脇を見るとついていなかった。

導尿は?

---ついてない

ということはリンパはクリア
もしクリアじゃなければリンパ切除でドレーンがいっぱい
ぶら下がっている予定だった。

ふっと気が抜けたら
気が付かなかったけど私の隣に座っていた若い男ナースが

「痛みはどう?」

「気分はどう?」

なんだか脇の辺りに鈍痛を感じたから

「痛いです」

「モルヒネを打ちますね」

痛みがあっと言う間になくなり
旦那と学生二人が待つ、部屋へガラガラと音をたてて
私の寝台は移動した。

移動された場所にはベッドはなくて、
私は寝台から起きて自分の足でそこにある
リクライニング式の椅子に座った。

椅子?!
ちょっと驚いた。



旦那と学生がやってきて、
「センチネルはクリアだったよ!」

よかった…

でも、センチネルが術後クリアだからここで検査が終わるわけでなく、
取り出したリンパを何日かかけてもっと詳しく調べてから
本当の病理結果がわかるから気は抜けない。

手術は1時間半だったらしい。

それから点滴をしたりして2時間ばかりその“椅子”に座ってから
家に帰れることになった。

退院するときは車椅子で病院の入り口まで送る規則があるようで
車椅子に乗せられて旦那が入り口に止めた車に乗り込んだ。

車に乗ったとたん、吐き気が襲ってきて
家に帰る車中で術後に飲んだりんごジュースを全部出してしまって
かなり気持ち悪かった。



午後5時ごろ家の前につくと誰かの車が停まっていた。
住宅ローンの金利を書き換えたのでその書類にサインを
する予定になっていて
そのサインを今日もらいにきたらしい。

驚き!私はがんの手術をしてきたばかりなのに来客なの?

「私は今、がんの手術をしてきたばかりなのよ、
帰ってちょうだい!」

って、文句を言ってやろうと思ったら

旦那が

「ごめん、今日がサインをする最終日だったんだ」

犯人はおまえだったのか! 

顔を持ち上げられないくらい吐き気で気分が悪かったけど
とりあえず30枚くらいの紙にサインをしたけど
内容を読む元気はなかった。



それから夜まで吐きまくった。

夜10時ごろ、思いついて乗り物酔い止めに飲むジンジャーピルを
2錠飲んだら、おなかが急にゴロゴロ音を立てて吐き気が
ピタッと止まった。



落ち着いてから、病院でもらった術後の説明を書いた紙を読んでみると

1.パットは2日間つけたまま
2.シャワーは2日後
3.手術用テープは14日つけたまま

あとは重いものを持たないようにするとかそういう注意事項が書いてあった。
胸の痛みはたいしてなかったけど、脇が少し痛かった。
とりあえず病院からもらった痛み止めをその夜、飲んでねた。

胸の“ゴリゴリ野郎”がもういないと思うと
嬉しくてぐっすりと眠れた。
物は見てないけど火をつけて炭になるまで
燃やしてやりたい、そんな気分だった。

とにかく早く野郎を切りたくて
もし手術が遅くなるんだったら自分で切り取る!
って旦那を脅していたくらいだから。




なんだか、3日くらいしたら社会復帰できそうな気がしたけど
とりあえず、5日間は家でのんびりすることにした。

パッドを取るまでちょっと落ち着かなかった。
外科医Iが術後旦那に

「念の為に予定より余分にがんの周囲の組織をとっておいた」
と言ったらしい(私は外科医Iには術後会ってない)

二日後に見る胸のことを考えると緊張した
でも、お願いしたとおり余分にとってもらって良かった。

10日後に外科医Iと予約が入っていた。
私はその日が来るのがとっても怖かった。

告知前と同じくらい病理結果を聞くことが怖かった。
電話をして早めに聞くことも出来たけど
一日でも幸せな気分でいたいから会って聞くまで待つことにした。
2010.03.06 手術当日1
2010年1月22日の
手術当日は早朝6時半にチェックイン

最初はセンチネルリンパ節生検のための準備をする場所へ行った。
そこの控え室で看護学生二人と合流
乳がんナースAは90歳を過ぎたお父さんの具合が悪くて
急遽帰省することになり、私の手術には立ち会えなかった。

センチネルの前にやるこの準備で一番不安だったのは
乳に針を刺してラジオアイソトープを入れるところで、
人によっては痛いって聞いていたから緊張した。

大きなマシーンの上に寝かされてそこに4本の針を打つ。

1本、2本、3本、、、針が入った瞬間は痛くないけど
針から液が出た瞬間に、ビリっとした。
我慢できないほどでもない、少し顔をイーーーッ
としかめたくなる程度。

最後の1本と、思ったところ、
ドクターが「3本でいいよ」

 うれしい



針刺しの刑が終わると大きな機械の中に体が入り、
乳がんの周囲に刺した液がリンパ腺に流れ着くまでの様子が
コンピュータの画面上に映し出される。
40分ほどそのまま動かないで寝ていてくださいと言われたけど
30分ほどで液が流れ着いて終わりになった。

体に入れる液は病院によってはアイソトープじゃなくて
色素を使うところもあって、これだと尿に色がつくらしいけど
アイソトープの場合は色はついていなかった。

リンパ腺の写った白黒の画像コピーを持たされて
また手術のチェックイン・カウンターに戻り、手術待ち。




30分くらい待っただろうか
あっと言う間に自分の手術の番がやってきた。

白髪の混じった髭がもしゃもしゃ生えてて、ちょっと小さいオジサンが
私たちを呼びに来て、その人の後ろを旦那と私だけがついていく。

病院の廊下を早足で私たちの前を歩いていくそのオジサンの白い手術着が
鳥の羽みたいにヒラヒラとゆれていて、旦那に

「ねぇ、私なんか天国からの使者の後をついていくような気分がする」

そしたら、旦那が真っ赤な顔になって、必死に笑いをこらえたから
私も急におかしくなって、廊下を歩きながら噴出さないように
必死にこらえた。

その小さいオジサンに案内された部屋は手術室じゃなくて
なんだか賑やかな部屋。

10人くらい患者が寝台に乗せられて
管につながれて、コンピュータでモニターされていて
スクラブを着た医療スタッフが忙しそうに働いていた。

ガラガラと音を立てて患者が乗った寝台がナース達に
押されて部屋から出たり入ったりしていて
私はその部屋の一番奥の端に案内された。

そう、私はここで麻酔をかけられて手術室まで
連れて行かれるというわけだ。
手術室を見たらきっと緊張感が高まったと思うから
術前に見なくてよかった。

旦那が横に座ってて、私は寝台に横になる。
腕には麻酔や点滴を入れるチューブが差し込まれて
足にはプ~ッと空気で膨らんで足を圧迫して浮腫みを防止する
パッドがはめられた。

日本語の単語をちょっと言える麻酔医が「こんにちは」
ってやってきて、麻酔についての説明とペーパーワーク。

手術服を着た外科医Iが私達の前にやってきて、朝撮った
リンパの画像を手にして「うん、いいな」といった。

私も写真を見てみるとアイソトープ液が到達したリンパは
たった1つしかなかった。
ということは術中に1つとって調べるだけ。

“1つ”ってのがちょっと不安だった。
もしかして私は3本しか針を打たなかったから1つなんじゃないの?
だって、1つしか取らないって聞いたことないし…

もっとあるんじゃないの??

でも、術後に聞いてみると1つから3つくらいは普通なのだそうだ。



麻酔医が戻ってきて、「体を楽にするからね」と言いながら
大きな注射針を取り出し、私の点滴口に突き刺す。

「これって、麻酔なの?」って聞こうと思いながら

薄茶色の液が入っていくな~と見ていたら
たぶん、1分もしない内に意識を失ったようで
薬が全部入るまで見た記憶はない。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。