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2010年1月4日告知の翌日の朝、電話がじゃんじゃん鳴って
あっという間に7件ばかりの予約が入った。
手術日だけは告知の日に決まっていて予定は2月5日と言われた。

でも、術前の予約をこなしている間にしこりが痛んでどんどん
大きくなっていくような気がして夜も眠れず精神状態ガタガタで
乳がんナースAになんとか術日を早くしてもらえないか
駄目もとでお願いをしたら

その日に手術日が1月22日に変更された。

ナースAはナース暦30年で病院にも顔がきくらしく
私はこの人に生存率を伸ばしてもらったと信じていて感謝しても
しきれないほどお世話になったと思っている。

1月22日の手術日までめまぐるしい検査が始まった。
そしてすべての検査に乳がんナースAは付き添ってくれて
私のためにノートを取り、検査後渡してくれた。



最初のアポイントはジェネティック・カウンセラー(genetic counselor)に会うこと。
この人は私の家族のがん経歴を聞いて、遺伝について説明してくれる。
カウンセリングの後、採取した私の血液をアメリカのユタ州に送り
私の乳がんは遺伝性なのかどうかを調べる。

そのテストの名前はBRCA test

その結果は7日後にわかり、もし陽性なら
次の新しい乳がんが出来る可能性はなんと50%くらいあって
乳がんだけじゃなくて卵巣がんになる確率も高い。

その高い確率を回避するために陽性の人は両胸全適&卵巣除去を
選ぶことができる。
私も陽性ならその方法を選んだ。
でも、親戚家族に誰もがん患者がいない私はたぶん陰性のような
気がしていて、7日後にでた結果はめでたく「陰性」だった。

このテストを受ける重要性は私だけのためではなくて、
私の家族のためもある。
もし「陽性」なら私の血縁家族にもその遺伝子がある可能性が高く、
乳がんと卵巣がんになるかもしれない為の準備ができる。



次のアポイントは放射線ドクターE
このアポイントから私の出身大学の看護学生が二人私に付き添うことなる。
彼女達は手術の日も付き添ってくれたんだけど、おかげで
明るい気持ちになることが出来た。

放射線ドクターEは丁寧に放射線治療について説明をしてくれた。
彼のオフィスには私、旦那、看護学生二人、乳がんナースAがいて
椅子が足りないくらいだった。

放射線ドクターEが私の胸を触診した時に言ったことは
「胸が小さい人が温存すると形が崩れるから外科医Iとよく
相談したほうがいい。」

私は正直、形なんてもうどうでも良かった。
とにかくさっさと切り取って捨ててしまいたかったから。

その夜、旦那に温存にした方がいいのか全適にした方がいいのか
意見を聞いてみることにした。すると彼の答えは

「おっぱいは必要ないと思うし取ってしまった方がいいと思うよ」



  この時、私は乳がんを宣告されてから初めての涙が出た。

胸で勝負できるほど美しい胸でもなかったけど
旦那には申し訳ないと思っていたから。

その後、色々と考えて
胸をもし全適することなっても同時再建をする気はなかったので
胸の形がゆがんでしまっても、せめてブラが出来る肉が残ってくれたら
いいので温存+放射線へと気持ちが固まった。

温存ができるかどうかはMRIを撮ってから
外科医Iの意見を聞いて決まる。
Secret

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