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2010年1月4日に告知されてから22日の手術までは
あっという間に進んでいった。
検査らしい検査は前回の遺伝子検査と胸のMRIだけだった。

それまで日本の乳がんブログを読んで仕入れていた情報、
骨シンチとか腫瘍マーカーとかそういう検査は全くなく
アメリカ乳がん患者の集まる掲示板で質問をしても
やはり「やってない」という返事ばかりだった。



胸のMRIは両胸を穴から出して40分うつぶせになって
撮るんだけど、身動きが出来ないと思うと
とにかく色んなところが痒くて仕方なくて
鼻ムズムズと戦いの長い40分間だった。

その間、ラジオがヘッドフォンから流れているんだけど
工事現場並みの騒音でラジオはほとんど意味がなくて
耳栓が使えたらどんなにいいかと思った。




そしてmedical oncologist、腫瘍内科医Rと会う日がやってきた。
このドクターは抗がん剤やホルモン剤などの使用を決める人。

噂ではかなり頭の切れる人らしく、
このドクターに見てもらえたらラッキーらしい。
お年を召している様だったので
治療の途中で定年してしまわないかと心配になった。

この日は私の手術もまだ終わってないし
MRIの検査結果もまだ出ていなかったので
具体的なことは何も決まらなくて
ドクターRは私からの質問に答えてくれただけだった。

抗がん剤をやるかやらないかは
MRIに映し出されるがんの大きさ、
術後にリンパ線にがんがあったのか、なかったのかと
初期でさらにホルモン・レセプターのある患者が受けられる
OncotypeDX testという遠隔再発率を調べるテストの結果による。

それがわからないとまだ治療法を決めることは出来ないから
術後2週間後に腫瘍内科医Rと次の予約をとって終わった。

そしてMRIの結果が出た手術前に再度、腫瘍外科医Iと会い
具体的な手術法を決めることになった。

もしがんが他にもあったり、広がっていたりしたら
全適になるので、その場合は外科医Iの後に
形成外科医とのアポも入っていたけど
そのアポは腫瘍外科医Rと会った後にキャンセルすることになった。

外科医Iに会うのは1月19日で
1月22日の手術までもう3日しかなかった。

日本ならもう入院準備か入院済みなのだろうか。

でも、ここはアメリカ
よほどの理由がない限り、基本は日帰りです 
Secret

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